日常生活の中の、小さな「活私豊公」

東日本大震災からもうすぐ3ヶ月が経とうとしています。

震災の前後、私は出張に出ていて被災地の様子をホテルのテレビで呆然と眺めていました。
何もかもが波に押し流され瓦礫の山と化した街の光景は、

どれだけ時間が経っても私達の心から消えることはないでしょう。

震災から数日後、私が出張から帰るとスタッフから
「翌月に支給される自分達の給与の一部を、義援金として送金してほしい」

との申し出を受けました。それが予想以上に高額だったので、私はつい心配になって
「こんなにたくさんでなくても・・・ちょっと減らしたら?」と言うと、スタッフは
「もう全員で決めたことなので、是非お願いします」と一歩も譲りません。
結局、スタッフから集めた分と優良工事店ネットワークの積立金を合わせ、
総額で100万円を超える義援金を捻出することができましたが、
被災者の方たちが必要としている金額からすれば、本当に雀の涙のような金額だと思います。
しかし私は何よりも、スタッフが自ら義援金の申し出をしてきてくれたことがたまらなく嬉しかったのです。
そして彼らのようなスタッフに囲まれて働いていることを誇らしく思い、心の底から彼らに感謝しました。
とは言え、このような援助を今後も継続的に続けていくことは難しいと思います。

震災以来「今、私たちにできること」という言葉を再三耳にしましたが、
被災地の復旧復興には相当の年月が掛かるはずです。
だからこそ息切れしないよう長期的な展望に立って、
長続きしない不慣れなことよりはむしろ、一人一人がそれぞれの専門分野や持ち場で、
自分の強みを活かした仕事を当たり前に淡々と積み重ねていくことが最も大切な気がします。
この一人一人の「強み」の結集こそが経済活動を支え、

大きな力となって復興の実現を早めてくれるはずです。

先日、新しい公共奉仕の理念を表す「活私豊公」という言葉を知りました。
昔からよく言われる「滅私奉公」ではなく、

自分の強みや能力を積極的に活かして社会に貢献していくという考え方です。
ボランティア活動も大変貴い行為ですが、実際にできる人の数や時間は限られているはずです。
だからこそ誰にでも出来る、日常生活の中での小さな「活私豊公」の積み重ね

見落とさないようにしたいものです。私も今すぐにボランティア活動に取り組むことはできませんが、
「活私豊公」の精神で日々の仕事に精進しながら、継続的に復興の力になっていきたいと考えています。

 

※本内容は、4月2日の読売新聞『気流』に掲載された私の投稿を加筆修正したものです。