「火事場泥棒」と「火事場の公共心」。

※本内容は、2月29日の西日本新聞『こだま』に掲載された私の投稿に加筆したものです。


早いもので東日本大震災から1年が過ぎました。
最近、改めて震災に関する本を数冊読みましたが、その中でも興味深かったのは、
海外メディアの震災報道や外国人の目から見た日本人の姿です。
被災者の方々が配給の際などに秩序正しく列をつくっている様子や、
被災者同士で助け合う姿などが世界中で報道され賛美を浴びましたが、
私はそこに「日本人の精神」を再発見したような気がしました。

その一つが「しかたがない」の精神です。
突如として見舞われた災害の現実を「起こってしまったこと」として受け入れ、
これからを前向きに生きていこうとする日本人特有の考え方です。
これは今回の震災で外国人が最も注目し驚いたことの一つだと言われています。

次に「困った時はお互い様」の精神です。
旅行中に地震に遭遇した香港人夫婦が見ず知らずの日本人の自宅に泊めてもらい、
数日間茶碗半分ずつのご飯を分け合いながら過ごしたという話が中国の新聞に掲載され、
多くの中国人の心を打ちました。これも、困難な状況に陥ってしまった者同士、
「お互い様」なのだから助け合おうとする日本人ならではの考え方です。

それから私達の倫理の土台ともなっている「恥とみっともない」の精神です。
中国の夕刊紙は、四川大地震の際にペットボトルの水やインスタント麺の値段が
十倍にも

吊り上ったのに、日本では便乗値上げが皆無だったことを伝え、民衆の公共性を評価しています。

また阪神大震災の時と同様に、略奪や暴動、犯罪が多発しないことが海外では絶賛されていましたが、

このような火事場商売や火事場泥棒ほど日本人にとって恥なことはありません。
大きな声で泣きわめき取り乱すような人が少ないことも高く評価されていますが、
これは私たちが人前で露骨に怒りや悲しみを表すことを「みっともない」と考えるからだと思います。
食料や飲み水の配給の列に誰も割り込もうとしないのも、
それが「恥」以外の何物でもなく、みっともないからではないでしょうか。

そして最後に、「人様に迷惑を掛けない」の精神です。
これについては外国人記者の書いた記事自体がとても興味深いので、いくつか紹介させて頂きます。

◆被災者は救助された際に「ありがとう」ではなく「すみません」と言う人が多い。彼らにとっては、

  感謝の気持ちと同じくらい、他人に迷惑を掛けてしまった申し訳なさの気持ちが強いのだろう。(中国)

◆体育館に何百人もの人と一緒に寝泊まりしている女性に、心配なことを尋ねると

「生まれたばかりの 赤ちゃんの夜泣きで、周りの人達の睡眠を妨げないか心配」

  という思いもよらない答えが返ってきた。(アメリカ)

◆日本の高速道路会社は、被害のあった高速道路870㎞のほとんどを、
昼夜を問わない工事により1週間という信じられない速さで復旧させた。
胸を張っていい程の偉業のはずだが、逆にこの会社は「ご迷惑をお掛けして申し訳ございまん」

と、まだ完全に修復できていないことを詫びていた。(イタリア)

◆人々は食料や飲み水を貰うために何時間もがまん強く並び、列の整理係がいるわけでもないのに、

数百メートルにわたって自然とS字型の列ができていた。(中国)

いずれも日本人らしいエピソードで、外国人が驚くのも何となくうなずけます。
また、今回の震災では津波が押し寄せる中、

自らの命を顧みることなく他人を救った勇気ある日本人が大勢いました。
濁流の中に飛び込んで見ず知らずの親子を救った男性。
自宅が流され家族の安否も不明という状況の中、多くの国民の命を救い出した自衛隊員。
村民の命を守るために堤防の水門を締め、自らは津波の犠牲となった消防団員。
1人でも多くの命を救うべく交通誘導を続け殉職した警察官。
20人の中国人研修生を安全な場所に避難させ、自らは津波にのみ込まれてしまった会社経営者。
防災無線で30分以上も叫び続け、自分の命と引き換えに多くの命を救った24歳の役場女性職員…。
彼らは私達日本人の誇りです。

人は非常事態に直面すると、他人を押しのけ我先にと行動してしまいがちです。
ですから災害時には火事場泥棒や略奪などの犯罪が多発してもおかしくありません。
しかし同じ状況でも日本人は違います。
非常時にはこれまでにお話しした「日本人の精神」が、
火事場の馬鹿力ならぬ、驚異的な「火事場の公共心」を呼び起こすのです。

その一方で震災直後、被災地に送られるべき日用品を

安全圏にいながら買い占めた人がいたことも事実です。
また、普段は割り込みやポイ捨てといったマナーの悪さもよく目にし、
決して褒められるほどの公共性を私たちは持ち合わせていないように思います。
こういった一面も顧みると、残念ながら世界が絶賛した「日本人の公共心」は
火事場でなければ発揮されないものなのかもしれません。

しかし普通は、普段できていることが非常時にできなくなるのであって、
非常時にできることが普段できないはずがありません。
祖先が脈々と受け継いできた「日本人の精神」は、
今回、東北の被災者によって世界中に知られることとなりました。
これを災害時に限らずいつでも当たり前に発揮できるようになった時、
私たちは初めて尊敬に値する日本人になれるのかもしれません。

昨日3月11日午後2時46分、私どもでは業務を一時中断して全員で黙祷を捧げました。
震災は私たちに暗く悲しい記憶を残しましたが、
その一方で人間としての尊厳や精神の気高さ、また日本人としての誇りも感じさせてくれました。
今後も私どもでは、被災者の方々の誇りある行動を手本として、

微力ながらも復興の力になっていきたいと考えています。


被災された方々が元の生活を取り戻せますよう、一日も早い復旧復興をお祈り致します。

 

参考文献

『世界が感嘆する日本人 ~ 海外メディアが報じた大震災後のニッポン』 (宝島社新書編)
『東日本大震災 心をつなぐニュース』 (文藝春秋編)

『日本に自衛隊がいてよかった ~ 自衛隊の東日本大震災』 (桜林美佐著・産経新聞出版)

『がれきの中で本当にあったこと ~ わが子と語る東日本大震災』 (産経新聞社編)