『おくりびと』時代の思い出。

※本内容は、4月21日の西日本新聞に掲載された私の投稿文に加筆したものです。

今年もはや衣替えの季節となりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
実は私、十数年前に葬儀屋さんで働いていたことがあります。
先日『おくりびと』という映画を観ていて、当時の記憶が蘇って参りましたので、

そのお話しを少々…。

在職していたのは2年ほどでしたが、一番印象に残っているのは初めての葬儀です。
葬儀が終わると、棺を開けて故人と遺族のお別れの対面があります。
その様子を初めて見た私は、赤の他人であるにも関わらず、

遺族の方々と一緒に泣いてしまったのです…。先輩たちもみんな呆れていましたが、
目に涙を浮かべ声を詰まらせながら対応するスタッフを眼にした遺族の方々も、
さぞ驚かれたのではないでしょうか。

赤の他人の葬儀で涙を流したのは、後にも先にもあの時だけです。

それから面白いのは朝礼でした。毎朝「おはようございます!」の挨拶の後に、
全員で「般若心経」の唱和が始まるのです。
それに加えてほぼ毎日、通夜や葬儀の会場にいるわけですから、
いつの間にかお経がとても身近なものになっていき、
同僚ともまるでヒット曲について語るように
「このお経の、この節回しが好きなんだよね~」などと渋い会話を楽しんでいました。
二十代の若者がお経について語り合っている姿は、少し異様な光景だったかもしれません。
退職してからも、お気に入りのお経や神道の祝詞などを音楽代わりに口ずさんでいたので、
今でも主だったものは暗唱できますが、人前でいきなり鼻歌ならぬ鼻経を始めると、

決まって怪訝な顔をされますので、一人の時にしか口ずさまないようにしています。

そしてお葬式と言えば、作法としきたりです。
お葬式は仏式で執り行われることが多いのですが、一口に仏式といっても、
お焼香の作法を始め様々なしきたりは、宗派や地域またお寺様により異なります。
葬祭場で仕事をしていても戸惑うことが多く、どうしたものかと思っていたところ、あるご住職に
「心を込めて手を合わせることが大切なのですから形はそこまで気にしなくていいですよ」
と言われ、スッと気持ちが軽くなりました。

そうは言っても、昔から続く文化や伝統、習慣といったものの中には、

ないがしろにできないものもあります。
こういったものは一見、合理性に欠け無意味に思えるものも少なくありません。
しかし思いの外、この中に大切なものが凝縮されていることが多いものです。
それを見落とし省略してしまった結果、後々、困った事になったり不健全な状態に陥ったりして、
その時に初めて先人の知恵に様々な意義や合理性が含まれていた事を思い知らされたりします。

私の従事する建築業においても、そのような時代の流れを感じることがあります。
最近は住宅の洋風化が進んだために、仏間や床の間のない家が増えました。
確かに仏間や床の間は洋風の家には不似合いで、一見無駄なスペースのような気がします。

しかし、あるご住職は
「10歳になるまで毎日仏壇の前で手を合わせてきた子どもと、
仏壇の前に座ったことすらない子どもとでは、感謝の心の根付き方が大きく違ってきます。
それが代々受け継がれる家と、そうでない家との差は決して小さくありません」
という話をされていました。

目に見えない物への感謝の気持ちは、一朝一夕に身に付くものではありません。
だからこそ昔の人たちは、仏壇や神棚に手を合わせる習慣によって、

感謝の心を子どもや孫たちに教え込み、また自らの中に根付かせたのだと思います。

私も子どもの頃に床の間の上で遊んでいて、祖母から
「そこは神様のいる所だからバチがあたるよ!」
と怒られたことをよく覚えています。
こういった畏れの心や、自分が生かされている存在であること、
また先祖から脈々と受け継がれる命の重みなどを、
仏壇や神棚や床の間は静かに教えてくれるのかもしれません。

このような話をすると同世代の人達からは決まって「年寄り臭い」と言われますが、
私は「年を重ねた人のように思慮深い」という意味に勝手に解釈し、

むしろ喜んでこの言葉を受け入れています。
こういったことを教えてもらえた葬儀屋さん時代の2年間は、

私にとってとても貴重な学びの時間でした。
この間に学んだことは年を追う毎に心に染み入り、
私の大切な根っこの部分をしっかり支えていってくれているような気がします。
このブログを書きながら、葬儀屋さんで仕事をして本当に良かったと改めて実感しました。

かく言う私も、困った時だけ「神様仏様!」と助けを求めても、
日頃から敬意をもって接しておかなければ、神様も仏様も助けてはくれないと思いますので、
毎日手を合わせる時間を大切にしたいと思います!